誕生日に思う

Note

【花は愛惜(あいじゃく)に散り、草は棄嫌(きげん)におふるのみなり】

道元禅師の正法眼蔵にある言葉である。

花は惜しまれても散ってしまい、雑草は嫌われつつも生い茂る。つまり、人間の都合で、善し悪しや自然の摂理を決められるものではないという、生の循環を、みごとに言い表した言葉だと思っている。

桜を例にとれば、儚(はかな)くも潔(いさぎよ)く散るからこそ愛でられるのであって、造花のごとく咲き誇っていたのなら、これほどまでに愛でられる花にはなっていなかったことだろう。

桜フリークの私としては、そんな潔さに惹かれているのだが、この季節、抜いても抜いても、すぐに緑濃く生い茂る雑草の力強さにも惹かれてしまう。何とも厄介な性格である。

閑話休題。

冒頭の言葉、近頃では【花は惜しまれるうちに散るべきだ】という文脈で用いられることが多いようだ。

私もまたひとつ歳を重ねてしまった。惜しまれて散るには、いささか遅きに失した感がある。それならば、雑草の如く強かに生きるのも楽しいかも知れない。

大勢に愛でられるより、たった一人でも、私を愛でてくれる人のためにしぶとく生きるほうが、私には似合っているだろう。

Note

Posted by Haru