驕(おご)る平家は。。。

2018/05/24Note

野生のチンパンジーが狩をすることをご存知だろうか?5、6頭でチームを組み種類の違う猿を捕まえるのである。

包囲する者、待ち伏せる者、追い込む者とそれぞれの役割分担が決まっているあたりは、流石、人間に近いだけはあると感心したのだが、それもつかの間、捕まえた猿を貪る映像は些かショッキングなものであった。

しかし、思えば彼らチンパンジーは我々人間と同じ雑食である。しかも野生となれば、これは至極当然と思える。

とかく我々は、自然に対して自分たちの都合の良い尺度を当てはめようとする向きがある。そうすることによって自然を理解できたような、あたかも自然に打ち勝ったような気になっているのではないだろうか。狩をするチンパンジーも、檻の中では愛くるしいパンダも、野生では猛獣なのである。

話は変わるが、数年前、魚網に被害を与えたイルカを漁民が殺して食べたニュースが報道され、海外の自然保護団体からの抗議が殺到したことがあった。

彼らの「イルカは高等動物であるから。。。」という言い分も然ることながら、「牛を食べてる奴らから言われたくない。。。」と開き直った漁民、他の命を犠牲にしなければ生きていけない人間の罪深さを説く宗教家、さまざまな人がそれぞれの立場で口角泡を飛ばしていた。

しかし、誰一人としてイルカの立場から発言をした者はいなかった。

イルカは言語を持っているというのが定説であるが、かと言ってイルカの言葉を代弁できるなどとは思っていない。しかしながら、殺す側の倫理だけで論ずるのは片手落ち(因みに、これは差別用語に指定されている)であろう。

閑話休題。

当時、気に入っていたショートショートがある。

動物の言葉を翻訳できる装置が開発され、まずは豚の言葉を翻訳したところ「私は食べられたくない」と言っているのがわかった。 そこで大豆から豚肉と遜色ない代物を開発し豚を殺さなくて済むようにした。同じように、牛、鶏、等と次々に代替食品が穀物から作られるようになり、食肉用の動物は必要なくなった。同じころ、別の科学者が植物の言葉を翻訳できる装置を開発し、早速実験したところ。。。

この先はおわかりになるだろうから書かないが、現実の世界でも科学の進歩には目覚しいものがある。故に、手塚治氏の描かれた鉄腕アトムの世界が現実のものとなりつつあるのだが、反面、その影響からか、すべてが科学で解決できると思い込んでいる節があるようにも思う。

しかしながら、自然の中では人間の英知など幾許(いくばく)のものでもない。台風の到来には身を硬くして過ぎ去るのを待つよりないのだし、降水確率50%(降るか降らないかは五分五分ということではないのか)などと仰々しく発表するぐらいが関の山である。

我々人間が自然に対してこんなにも驕り高ぶるようになったのはいつ頃からだろう。

折りしも、某国営放送では平清盛が取りあがられているが、

【驕(おご)る平家は久しからず】

今一度肝に銘じてみたい言葉である。

Note

Posted by Haru