男のアクセサリー考

若いころからアクセサリー好きだった。多いときは両手の指にすべて指輪をはめていたりもした。

昨今のように、男がアクセサリーをジャラジャラと身に着けていても違和感を抱かれない時世と違い、必ず特異な視線を受けてしまう時代である。

私を自由奔放に育ててくれた母親ですら『頼むから近所を歩くときは指輪を外してくれ』と小言を言っていたほどだ。

そんな私でも、年齢とともに、その数は減ってきた。

それはひとえに相方からの助言でもある『いい歳になったんだから、安いものをジャラジャラつけるより、歳に見合ったものを1,2点のほうがおオシャレよ!』が利いているからに他ならない。

オシャレといえば、香りも大切な要素である。アパレル関係に勤めていたころはクレージュの香りが好きで欠かさずつけていた。80年代に入ったころで1万円弱していたから、結構な贅沢品だった筈である。

世の中は、来るべきバブルの香りが漂いだしていた時期でもあり、好景気だったので、私のような若造でもそんな真似ができた。しかし、今にして思えば、決して歳に見合った香りではなく、浮つきだした時世の香りと同じだったような気がしている。

幸いにも、気に入って20年来つけている今の香りは歳に見合っていると思うし、何よりも相方からのダメ出しが無いので、きっと終の棲家ならぬ終の香りになることだろう。

閑話休題。

先日来、気に入っていたピアスが見当たらなくなっていた。落としたものか、はたまたどこかにしまい忘れたのかも定かでない。

困ったことに、鏡に映った穴だけの耳たぶは滑稽だし、それ以上に淋しくなってくる。いつだったか、香りをつけ忘れて外出した日に感じたように、裸を晒しているのにも似た思いがしてきた。

新たに買おうとしても、この歳でその手の店舗をウロつく勇気も無い。そこで、目ぼしいものをネットで検索して手に入れた。歳に見合わない買い物をするならネットに限る。

ありがたくて便利な世の中になってくれたものである。