聴き比べ

小学校6年生の音楽の授業で、ベートーベンのシンフォニーを聴き比べると聞いた。

私の年代では、この手の授業をやったのは中学校だと記憶している。当然ながら、当時の私には、ただただ惰眠を貪る時間だったことは言うまでもない。

あの時、子守歌にせず、身を入れて聴き比べていたら、少しは違った道を歩けたのではと思うにつけ、今更ながら、覆水盆に返らずの言葉をかみしめている。

折も折、カートリッジを物色中だったので、視聴を兼ねて聴き比べをしてみようと思い立ったのはいいが、にわかクラシック・ファンの悲しさか、揃いのシンフォニーが見当たらない。

ならばと、唯一、枚数が揃っていた【ムソルグスキーの組曲・展覧会の絵】を聴き比べてみることにした。このあたりの緩さも、ナンチャッテ・クラシックファンの強みである。

原曲のピアノ曲では能がないので、手はじめに定番ともいえるラベル編曲を3枚ほど聴いてみると、その違いに驚いてしまったのだ。

そうなると、もう止まらない。あれやこれやと物色し、同様の編曲を7枚、番外として指揮者編曲を2枚、当時は、流行り物というだけで意味も判らず聴いていたロック・バージョンを1枚の計10枚にもなってしまった。

彼の人に『暇なの?』と揶揄されそうだが、これが結構楽しかったのである。

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【アルトゥーロ・トスカニーニ指揮//NBCシンフォニー・オーケストラ】

1953年のモノラル録音盤である。

私がまだオムツの取れないころに録音された音楽を、あと何年か後には大人のオムツの厄介になりそうなころに聴いている。何とも感慨深いではないか。

だからだろうか、10枚の中ではテンポといい、楽器の構成といい、一番しっくりと聴くことのできた盤である。

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【ローリン・マゼール指揮//フィルハーモニア管弦楽団】

にわか仕込みのファンでも、マゼールとカラヤンの名前ぐらいは知っていたので偉大な方に違いないとの先入観で聴いてみた。

70年代になってからの録音なので音質もよく聴きやすかったし、前出のトスカニーニ盤を現代風にした感じだったので気に入った盤である。

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【ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮//ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団】

大御所の登場である。聴いた途端、浮かんできたのが荘厳(そうごん)という言葉である。

テンポといい、楽器の構成といい、これでもかというほどの威厳を感じてしまい緊張してしまう。ジャズで言えば、70年前後のマイルスを聴いている感じだった。

嫌いではないが聴くときは限定される盤である。

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【小澤征爾指揮//シカゴ交響楽団】

カラヤン同様、名前は存じ上げていた。だからだろうか、前出のカラヤン盤と同様、居住まいを正して聴かなければならない気分になってしまうのだが『足を組むぐらいはいいかな』と思わせてくれる程のゆとりを感じさせてくれた。

マイルスで言えばカインド・オブ・ブルーあたりで、たまには聴いてみたくなる盤である。

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【ズービン・メータ指揮//L.A.フィルハーモニー管弦楽団】

このあたりから、まったく未知の領域に入る。耳にしたことのない名前ばかりが続くので直感だけを頼りに聴いてみた。

ひとことで言えば、せっかち。狭い日本、そんなに急いでどこへ行く?である。

恐らく、聴くことは無い盤である。

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【アラン・ロンバール指揮//ストラスブルー・フィルハーモニー管弦楽団】

こちらも多少せっかち気味とも思えるが、それが軽快さと感じられてしまうのは、楽器の構成なのか、乾いた空気感のせいなのか判らなかったので、指揮者の経歴を調べてみた。

フランスのパリで生まれ育った方とのことで納得。

ムソルグスキーの展覧会の絵なのでエルミタージュ美術館のはずなのだが、こちらはルーブル美術館の展示のようである。

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【ウラジーミル・フェドセーエフ指揮//モスクワ放送交響楽団】

こちらは紛れもなくエルミタージュ美術館の展示場である。王道と言えるのだろうが、私の苦手とする優等生の香りが漂ってくる。

それは決して悪いことではないのだが、苦手意識は拭えない。

優等生に対する劣等感を抱き続けるからこその劣等生なので、終生劣等生を貫きたい私には、やはり馴染めない空気感である。

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※ここからが番外編である。

【レオポルド・ストコフスキー指揮//ニュー・フィルハーモニア管弦楽団】

申し訳ないが、はじまった途端、笑ってしまった。

何なんだ?この間は?まるでセロニアス・モンクのピアノのようだ。

違うのは、モンクのピアノは大好きだけど、こちらは笑ってしまう。

大変申し訳ないが、私には難解すぎた盤である。

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【エルガー・ハワーズ指揮//フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル】

聴きなれた管楽器の響きなので、違和感なく聴くことができた。プロムナードから小人に移る部分などは、一番好きかもしれない。

管楽器の演奏と言っても、吹奏楽とは違うし、そこがブラス・アンサンブルなのかなどと、門外漢ならではの納得の仕方で楽しく聴くことができた。

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【エマーソン・レイク&パーマー】

有名なクラシックの曲だとは知っていたが、ただそれだけだった。

ムーグ・シンセサイザーというまったく新しい楽器を駆使して、難しそうなロックを演るエマーソン・レイク・アンド・パーマーなるグループが流行りだした時代である。

当時のシンセサイザーは四畳半ほどの大きさがあった。それが今では手のひらサイズだと聞く。大きさの変化に比例して、感慨も小さくなってしまったようだ。

はじめて耳にした当時の驚きは、四畳半には収まりきらないほどに、とにかく大きかったのだが、コテコテのブルース好きだった私が、流行り物だからと、判りもしないのに判った風に聴いていただけである。

懐かしさと共に、気恥ずかしさが蘇ってきた、今の私にとっての名盤である。

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はじめて挑戦してみた聴き比べだったが、思いのほか楽しかったし、目から鱗が落ちる思いもできた。

日ごろ聴いているジャズに当てはめれば、知らず知らず聴き比べをやっていたようなものである。同じ曲を違うミュージシャンの演奏で聴く。かと言って、それを比較しながら聴くことは無い。その演奏者の音楽として聴いているのだ。

それをクラシックにも当てはめれば、同じことなのだろう。恐らく、クラシック・ファンの方々はそうしていらっしゃるのだろうと、勝手に納得してしまった。

正統派のクラシック・ファンの方々からは、確実にお叱りを受ける内容になってしまったが、学ぶという意味での音楽の素養からはかけ離れた、ナンチャッテ・ミュージシャンの戯言とご理解を賜りたい。

最後に、申し訳ありませんが、高名な作曲者および指揮者の方々への敬称は略させていただきました。