そうだ京都、行こう

二十歳前後は京都で暮らしていた。

ほんの数年のこととは言え、この街が私に与えた影響力は計り知れないものがある。今の私の規範が作られた街と言っても過言ではない。

ロック一辺倒だった私がジャズと出逢ったのもこの街だし、ある女(ひと)を心底好きになり、彼女の影響で読書に目覚め、やがて、人生初めての失恋を経験したのもこの街である。そのとき味わった心のザラツキは、この歳になっても時おり思い出す。

現在営んでいるバーでの所作を覚えたのは、この街で勤めたアルバイト先のお陰だし、今にして思えば、よく生きていられたなと言える極貧生活を経験したのも京都なのだ。

名古屋に戻ってからは、数年に一度の割合で、京都近郊で暮らす友人を訊ね方々、懐かしい街に出向いたこともあったが、今ではそれも遠のき、かれこれ20年以上もご無沙汰していることに気づいた。

そのせいなのだろうか、相方を待つ間の暇つぶしに買った、京都を特集した雑誌を読みながら、唐突にこの言葉が浮かんできた。

【そうだ京都、行こう】

これは、平安建都1200年記念事業として、JR東海が90年代に行ったキャンペーンで、何とも心地よく耳に響いていた記憶が残っている。

当時、京都までは新幹線でほぼ1時間要していたのだが、今では40分そこそこだと聞く。時間的に考えれば、車で郊外へ出かけるより早いことになる訳だ。

旅行というより、ちょっとそこまでの感覚だろう。あの頃の私なら、一目散に恋しい街へ出かけていたに違いない。それが、残念かな、今は街への恋しさより、そんな若さが恋しくて仕方がないのである。