飢餓海峡

水上 勉(著)改訂決定版 河出書房新社 2005年

久しぶりに再読した。

この作品が初版された1963年といえば、私が11歳のときだ。おりしも、家族で内地へ転居してきた年でもある。そのときも、北海道から内地へ渡る唯一の交通手段だった、青函連絡船を利用した記憶が残っている。

この作品を読む切欠となったのは、物語の発端が北海道だったからで、他にも1954年の青函連絡船洞爺丸(作中では層雲丸)事故や、同時に発生した岩内(作中では岩幌)大火が題材として使われていると知ったことも大きい。

とはいえ、この原作を手にしたのは五十路に入ってからのことである。それは、この河出書房新社版の前には、文庫版しか見当たらなかったからで、ここでも、元来の単行本好きが仇になっていることは否めない。

しかし、上、下巻で700ページに及ぶ大作だったが、のっけから、台風のさなかに船出して転覆する層雲丸の描写に引き込まれ、夜を徹して一気に読み終えてしまった。

今回、再読したのは、某動画配信サイトで1963年に配信された映画版を観たことが発端になっている。

この映画は、原作に沿ってほぼ忠実に作られていて、3時間に及ぶ長尺作品ながら、最後まで飽きることなく鑑賞することができた。しかし、1点だけ気になったことがあったので、原作を再読することにしたのである。

原作の主題に置かれているのは、現代では想像だにできない、戦後間もない社会の混乱や貧困だと感じていたのだが、映画での主題は、左幸子さんが演じるところの【八重】の情愛に置かれているようだった。

それは、事件解決の決め手にもなっている【犬飼・樽見】の使った安全剃刀が、映画ではに置き換えられていることからも想像できる。

確かに、女の情愛を描くなら、生身を感じさせる爪の方がしっくりくる。

それでも、犯人である【犬飼・樽見】の過去を暴きながら、事件の真相に迫っていく過程を書く際の、まるで何かが乗りうつったかのように凄みを増していく作者の筆致同様、映画も見応えがあった。

第16回ブルーリボン脚本賞とともに第20回毎日映画コンクールの監督賞、脚本賞、男優主演賞、女優主演賞、男優助演賞を獲得したのも納得できる。

振り返れば、感性が枯れかけた年代ではなく、少なからず豊かだった20代のころに読んでいれば、また違った感覚で楽しめたのではないだろうかと悔やまれてしまう。

当然、後戻りはできないが、そんな悔恨の念を抱けただけでも、再読した価値はあるのだろうと慰めている。


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