博士の愛した数式

小川洋子(著)新潮社 2003年

交通事故が原因で、記憶が80分しか持たない【博士】、その義姉である【未亡人】、家政婦の【杏子】、その息子の【ルート】この人たちの心のふれあいを、【博士】の専門である数学と、好きな野球を絡めながら描かれる作品である。

数学が苦手な私としては、頻出する数学用語や計算式に戸惑いながらも読了し、心地よい読後感を味わった記憶が残っている。

2006年に映画化されており、今回、動画サイトでそれを観た。

原作では、私である【杏子】の視点で書かれているが、こちらでは成長して数学の教師になった【ルート】の回想視点で描かれているので、原作には無いシーンも挿入されていた。

それを除けば、概ね原作に即して作られていたのだが、それでも、映画を観終わった余韻と、原作の読後感との間に違和感を覚えてしまったのである。

成長した【ルート】と【博士】がキャッチボールしている。その姿を見守る【杏子】と【未亡人】

原作も映画も、その場面で終わっている。しかし、映画では、そこに至る経緯が描かれていない反面、原作では2ページほど割(さ)かれているのだ。それは、私の中では大きい部分である。

その部分があるだけで、原作の読後感はより現実味を感じられるものとなり、映画ではオブラートに包まれたような不透明感が伝わってきてしまうのだ。

しかし、数学の教師となった【ルート】が、生徒を前にして板書する言葉 “時は流れず” が、映画としてのテーマとすれば、それはそれでいいのかも知れない。

だとしても、どちらが好きかと問われれば、原作の方が好きな気がすると答えてしまう。断定できないのは【杏子】を演じている深津絵里さんの演技によるところが大きい。

こんなにも表情豊かな演技ができる女優さんだとは知らなかった。それが判っただけでも、この作品を観た甲斐があったと思えてくる。