家族

今年の桜は辛抱強い。例年なら、とうに咲いているこの時期になっても、蕾のままで頑張っている。

春の陽射しにつられて、相方と散歩にでた。店の前の桜並木を歩きながら

『この分だと、入学式あたりが見ごろかな?それも、趣があっていいけど、去年はもっと早かったよね』

などと、話しているうち、昔書いた、こんな物語が思い浮かんできた。

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1104。。。1104。。。
ぼくは春を運んで来るはずの数字を探していた。

985、991、998、1002。。。そっか、1000番のあいつは駄目だったんだ。
縁起がいい数字だろって、受験票を見せてくれたけど。

1019、1025、1031、1044。。。けっこう落ちてるぞ。
1095、1098、1100、1104、あった!

もう一度しっかり確認する。1104番。それは陽射しのように輝いていた。ぼくにはそう見えた。

急いで携帯を取り出す。メールなんかする気は、まったく起こらない。
まっ先に母の声が聞きたかった。
ワンコールと同時にその声がした。

「どうだったの?」
「うん」
「うんだけじゃ、わからないわよ」
「うん、あったよ。1104番」

母は何も言わなかった。無音の間が続き、鼻をすする音がした。

「母さん?」
「おめでとう、よく頑張ったわね」 涙声だった。
「うん。母さんと父さんのお陰だよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
「急いで帰るよ」
「慌てなくても大丈夫よ。それに、もうじきお父さんも帰ってくるそうよ」
「嬉しいな。でも、時間は?」
「大丈夫よ。少しぐらいなら」

携帯をポケットにしまい、ぼくはもういちど番号を確認しに戻った。やっぱりそれは輝いていた。

校門へ向かおうとして始めて人の多さに気づく。あちこちで胴上げが始まっている。ぼんやり掲示板を見上げているやつもいる。泣いているやつもいる。嬉し涙か、悔し涙か。でも、そんなこと、ぼくにはもうどうでもいいことになっていた。

『サクラサク、ハルガキタ』 どこかで読んだフレーズが浮かんできた。

帰宅すると父も帰っていた。
食卓には乗り切らないほどの料理。それでも母はまだ何かを作っている。
父は珍しく上着を脱いでいた。シャツ姿の父を見たのは初めてのような気がする。

「母さんから聞いた。おめでとう。頑張ったな」

父が握手を求めてくる。ぼくは両手でしかっりと握った。それは思いのほか華奢に感じた。

「さっ、始めましょうよ」

母の合図で食卓につく。
誰からともなく、この一年間の想い出を話す。楽しかったことばかりが目立つ。
父はいつになく饒舌で、母は嬉しさからか何度も目を潤ませた。

それは、懐かしい時間だった。ずっと昔にもあったような。

父が腕時計に眼を落とした。

「時間ですか?」 母が訊く。
「ああ、これ以上は」 父が上着を手にして立ち上がる。
「ありがとう、父さん」 感謝が自然に口を突いた。

父はぼくの肩を軽く叩き玄関へ向かう。ぼくはその背中に向かってもういちど言った。

「ホントにありがとう。父さん」 父は振り返ることなく右手を軽く上げ出て行った。

「さっ、わたしは後片付けにかかるわね」
「手伝うよ」
「いいわ、座ってて。二人だと早く終わっちゃうから」
「でも……いいの?」
「サービスよ」

ぼくは母が片付け終わるまで、食卓の椅子に座り母の背中を見ていた。
母はいつもより念入りに片付けをしている。そして、6時ちょうどに、それは終わった。

「終わっちゃたわ」
「うん」
「じゃ、母さんも行くわね」
「ありがとう、母さん」
「なに言ってるの、これからが大変なのよ。しっかりね」

いつもの優しさに満ちた微笑を残して、母も家を出て行った。

そして、ぼくのまわりがすべて透明になった。

間もなく電話の音。
黙って、受話器を耳にあてた。

──こちらは家族派遣センターでございます。
この度はご利用いただきありがとうございました。
【大学受験合格バージョン・1年コース】本日6時を持ちまして終了でございます。
如何でしたでしょうか?

1年前と同じ声が聞こえてきた。

「凄くよかったです」 ぼくは正直に答えた。

──ありがとうございます。
お試しいただいたバージョンは当社が自信をもってお勧めしているバージョンで。。。

相変わらず感情の感じられない声だった。

──宜しければ引き続き【大学卒業バージョン・4年コース】もございますが如何でしょうか?

初耳だった。
母の涙ぐむ姿が蘇る。

「それ。お願いします」 気が付くと、そう言っていた。

──ありがとうございます。こちらのバージョンは、ご利用期間が4年となっておりますので、金額の方が多少張りますが、ただいまちょうど、バージョン更新キャンペーンを行っておりますので、大変お値打ちにご提供させていただくことができます。。。

1年前と同じ説明が繰り返される。でも、お金のことなんかどうでも良かった。ぼくには、死んだ両親が残してくれた遺産がある。多分、一生かかっても使い切れないだろう。

ぼくが欲しいのはお金じゃなくて家族なんだ。

「あのぉ~同じ人がいいんですけど」 ぼくは小さな声で言ってみた。

──かしこまりました。早速、手配いたします。他にオプションもございますが?

「じゃ、妹を1人お願いします」 今度は大きな声で言った。

──かしこまりました。それでは確認させていただきます。
【卒業バージョン・4年コース、妹オプション】確かに承りました。
本日8時より開始させていただきます。ありがとうございました。
それでは4年後にまた。。。

8時になった。

玄関の扉が開く音に続いて、元気な声が聞こえてきた。

「ただいまぁ~ お兄ちゃん、受かったんだってぇ~」

ぼくにまた新しい家族ができた。

28 May 2017 加筆訂正 Haru