父とメロン

私の父は頑固だった。それも、筋金入りの頑固者といっていい。その上、それに理不尽が加わるのだから始末が悪い。

いまでこそ、懐かしさを感じながら振り返ることもできるのだが、反発を覚え、反抗していた時期もあった。私の思春期は、反抗することで、父との距離を保っていた時代だった。その父も、一昨年、83歳で他界した。

最近、その父に似てきたと思うときがある。

TVのバラエティー番組が大っ嫌いなところ。少し違うのは、私はTV自体を観ないが、父は観ながら毒ずいていた。

自分が正しいと信じたら最後、何があろうとそれを曲げないところ。どう考えても自分が間違っているとわかったときでさえ、あーだこーだと理屈をコネ、何とかダメージを最小限に抑えようとする。。。

まだまだあるのだが、このあたりのことを相方に聞かせたなら、おそらくは夜通し喋りまくるに違いないので、やぶ蛇にならぬようこれぐらいにしておく。

話は変わって、私はメロンを食べない。そのことは相方も知っていて、メロン好きの彼女に喜ばれている。私のそばにいれば確実に二人分のメロンにありつけるからだ。そして、私がメロンを食べない理由は、父が原因なのである。

メロンといえば、私の幼いころには非常に高価な食べ物で、私の大好物でもあった。誰かが入院したときなど、見舞いに行けば必ず果物の詰まった籠があり、りんご、みかん、バナナ、そしてメロンなどにありつけた。

そのつど私は『マタメロンだ!』と頬張っていた。しかし、この“マタ”が曲者だったのだ。私は幼いころからメロンの名を『マタメロン』と教えられていたのだ。教えたのは父である。

ある日、その間違いを小学校の担任に教えられ、私は父に激しく抗議した。

すると父曰く

『おまえがメロンを食べるたびに【マタメロン】と言って食べてみろ、**さんところではいつもメロンを食べてると思ってくれるだろ』

私がメロンを嫌いになったのはそのころからである。

父の教育とは、一事が万事この手であったように思う。厳格さの中に遊び心(遊ばれる側はたまったものではないのだが)というか、ゆとりの部分があった。

自分のこれまでを振り返ってみれば、その、ゆとりの部分だけで生きてきたように感じる。さしずめ、父の教育の賜物といったところだろうか。

六十路を前に、その父に似てきたように感じているのだ。

しかし、父と私に血の繋がりはない。